ごくろうさん
(kor)
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正解はシンケルのアルテスムゼウム,
一層の列柱廊だったわけですが,
部分写真からどんな建物を想像しましたか?
「一層しかありえないでしょう!」とか
「ペディメントが載らないなら,とうぜん,全体は横長でしょう!」
と仰る方は,ふふふ ( ̄ー+ ̄) 下記サイトでシンケルの多様な設計案をごらんください。
ANU ArtServe:http://rubens.anu.edu.au/htdocs/bytype/arch.sources/schinkel/index.html
とくに
http://rubens.anu.edu.au/htdocs/laserdisk/0241/24163.JPG
http://rubens.anu.edu.au/htdocs/laserdisk/0241/24187.JPG
なかでも
http://rubens.anu.edu.au/htdocs/laserdisk/0241/24190.JPG
などは,似たような構成で,縦に積みあがってます!
おそるべし19世紀的想像力,19世紀的創造性!
(kor)
パラッツォ・ヴェッキオ,フィレンツェ,1299-1314, 1550-1565
Palazzo Vecchio
建築家:アルノルフォ・ディ・カンビオ Arnolfo di Cambio c.1240-1300/1310,ジョルジョ・ヴァザーリ Giorgio Vasari 1511-1574
シニョーリア広場から正対した壁の写真でした!
ルネサンスとアラビア文明の関係というなかなか鋭い指摘もありました。これは深いテーマですぞ・・・
(kor)
正面からみえる18本プラス+4本(中央部背後)で,合計
22本でした!
柱の後ろに左右から上がる階段があります。
ということは,この柱,2層分の高さがあるわけですね。
この半解放の階段室のなかを描いたシンケル自身の透視図があり,これでも+4本が確認できます。
実はなかに入ると,ちょっと予想外の空間があり,そこにも・・・
wikipedia(ドイツ):http://de.wikipedia.org/wiki/Altes_Museum
にあがっている写真や透視図,
ANU ArtServe:http://rubens.anu.edu.au/htdocs/bytype/ arch.sources/schinkel/index1.html にあがっている平面図等でご確認ください。
一見単純そうですが,空間的な仕掛けにあふれた建物です。
ゆっくりご賞味ください!
(kor)
Q4(b)へのコメントに「メスキータ」を想起させる,とのご意見がありました。
メスキータ,こんなイメージでしょうか
wikipedia: http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/e0/Cordoba_moscheefassade.jpg
うーむ 似てるか似てないか・・・ なかなか意味深い比較となりそうですなあ
(kor)
アムステルダム証券取引所
The Beurs, Amsterdam 1896-1903
建築家:Hendrik Petrus Berlage (1856-1934)
でした!
追記:
「かれが主張した真理は,次の三つである。すなわち,空間の優先,フォルムを生み出すものとしての壁面の重要性,組織的比例の必要性。」
「・・・その『様式論』(Gedanken ueber Stil)の終わりのところで次のように主張している。
『なによりもまず,壁を露出させ,そのなめらかな美しさを全面的に表に出さなければならない。壁の上に取付けられたものは何であれ,すべて邪魔になるのであり,避けなければならない』」
(Reyner Banham, Theory and Design in the First Machine Age, London 1960,石原達二,増成隆士訳『第一機械時代の理論とデザイン』鹿島出版会 1976年, pp.202-203 より)
「彼は・・・資本主義の発展が建築における倫理の不毛さを引き起こしたと考えていた。そして,構造の強調という根本に立ち返った真摯な努力によって,その失われた価値を取り戻そうとした・・・」
(Manfred Tafuri & Francesco Dal Co, Architettura contemporanea, Venezia 1976, 片木篤訳『近代建築』,図説世界建築史第15 巻,本の友社,2002年 p.90 より)
「19世紀の間に一度解体する壁が,ここに改めて禁欲的な閉鎖性を取り戻す。」
「内部空間においては,アーケードの支柱,切石の迫持台,壁面そのもの,そして周囲のギャラリーの手摺が,ひとつの平面に納められている。滑らかな平面の詩学は,この後特に合理主義的建築運動によって受け継がれてゆく。」
(Vittorio Magnago Lampugnani, Architektur und Staedtebau des 20. Jahrhunderts, Stuttgart 1980,川向正人訳『現代建築の潮流』鹿島出版会 1985年,pp.40-41 より)
「のちのルイ・カーン同様,ベルラーヘもまた壁で囲むことを文字通り社会に空間を与えるものとして描いていたのだった。・・・それゆえこの構造体のまわりを囲むすぐ外側の街路空間もまた,内部の取引空間と同じく計量的にモデュール化され,建物の表面によって定義されており,空間を仕切るレンガ壁やガラス屋根の持つ力に影響されているのである。」
(Kenneth Frampton, Studies in Tectonic Culture, Cambridge, Mass. 1995, 松畑強, 山本想太郎訳『テクトニック・カルチャー : 19-20世紀建築の構法の詩学』TOTO出版 2002年,p.454 より)
(kor)
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